太田区で身内だけの葬儀を無事執り行いました

生前の言葉思い出して良かった

生前の言葉思い出して良かった時間が短いから年配の方の負担が少ない人が少ないからきちんと対応できる

家族の者の容態が突然悪化した末にこの世を去り、全くの心の準備もできないまま葬儀の日を迎えようとしていました。
太田区内の最寄の葬儀会社に問い合わせをしてスタッフの方が打ち合わせに来て頂きましたが、さまざまなプランを提案されるもなにぶん初めての出来事で何が良くて身の丈に合ったものなのかも分からずに居ただけではなく、現実を受け入れられずにいました。
遺影を時折見つめながら、何かこちらに対して話しかけているかの錯覚を覚え、前日からほとんど寝てなかったせいで疲れていると思った次の瞬間、ふと生前にもしも自分がこの世から去ることがあれば身内だけの質素な葬儀をして欲しいと話していたことを思い出しました。
それを家族に話すと、次々にそういえばそんなことを言っていたと次々に思い出し、葬儀会社の方から提案されたプランに決めかけそうになっていたところ、急にストップをかけました。
そして、身内だけの質素なプランが無いかと尋ねたところ、実はそのようなプランもありますと言われその場で契約を決めました。
特に宗教を信仰しているわけではなく何の伝もありませんでしたが、スタッフの方が手配して頂いたご住職がすぐに来て頂き、大変だっただしょうと残された家族を気遣うお言葉を頂き、早くも涙がこぼれそうになりました。
近隣に住んでいるごく近い関係の親戚が次々と集まり、故人が亡くなる直前までの話をしました。
もしも大々的に行っていたら、きっと来賓の方の対応に追われてじっくりと話もできなかったに違いなく、この段階でも身内だけで執り行って良かったと思い始めていました。

大田区での葬儀は家族だけで行いました

大田区の葬儀用の花屋さんへ。祭壇の花飾り。縦横10M以上、奥行きもある、大掛かりな絵柄は、日本独特のものとのこと。それを一日で作り一日で撤収する。お葬式、人生のラストステージの創造と破壊だ。

— 水道橋博士(小野正芳) (@s_hakase) 2010年5月24日

亡くなった祖母は交友関係の広い人で近所だけではなく学生時代からの友人たちともお付き合いをしていました。 本人の希望は「自分がなくなった時にはこれまで親交があった人に参列してほしい」ということでしたが、私たち家族は仕事などで忙しく、とても参列者に配慮ができる余裕がなかったので、祖母に申し訳ない気持ちはあったものの大田区での葬儀は家族のみで行うことにしました。 家族層の定義は決まったものはないので、ほとんど一般的な葬儀と変わることはありません。 執り行うことも同じなのですが、人数が少ないので進行もスムーズに行われた気がします。 何よりも病院からほとんど寝ていない状態で告別式や通夜を行ったので体力的にもとても疲れていたのですが、他人に気を遣うことがなかったので精神的にはとても楽でした。 疲れたら横になることもできるし、早めに自宅に帰ることも可能です。 後日、祖母が亡くなったことを近所の人に伝えた時には「なんで言ってくれなかったの」と憤慨される人もいましたが、私たち家族としては亡くなった祖母をゆっくりとお見送りできたことに満足しています。 そのため、ほかの人からいろいろな文句を言われても耐えるしかないでしょう。

大田区 葬儀 / 山田屋葬儀社